4 大きな団地ができた(昭和•平成時代)

 

「とても大きな団地だわ。」
「(a    )団地かな。」
「なぜ,私たちの街に,こんなに大きな団地ができたのかしら。」
「戦後の柏のあゆみを見てみよう。
解答はこちら-

(a    団 地 )の航空写真
(写真は,歷史アルバム『かしわ』より)

 

⑴ 『平成の大合併』による新「柏市」までの歩み

 

 

⑵ 柏市と沼南町の合併

近年,本格的な地方分権の時代となり,「地域のことは地域で貴任を持って決め行動する」ことが,これまで以上に求められるようになってきました。こうした時代に対応した行政運营を行っていくための一つの手法として,市町村合併が注目され,全国各地で新たな地方自治体が誕生しました。この動きを『平成の大合併』と言います。

柏市と沼南町の合併への動きについては,2003年(平成15年)6月に柏市議会,沼南町議会において柏市と沼南町の合併に関する協議を行う「柏市•沼南町合併協議会」の設置が決定され,同年7月から協議を行いました。そして,両市町での住民説明会を経て2004年(平成16年)7月に,2005年(平成17年)3月28日を合併期日とする合併協定書に調印しました。また,同年8月に合併に必要な両市町議会の議決を経て,千葉県知事に合併申請書を提出しました。その後,千葉県議会の議決を経て知事が合併を決定し,総務大臣が告示することで人口38万人の新「柏市」が誕生しました。そして,平成20年4月1日,1994年(平成6年)に地方自治法が改正されてできた新しい制度のもとに「中核市」※となりました。

今後は,①住民の生活圏に対応した一体的なまちづくりの推進②環境問題への広域的な対応③保健•衛生•医療•福祉の充実④公共施設,社会資本の効率的な維持•更新⑤地方分権の推進をふまえた行財政基盤の強化が,より充実した形で推進されていくことが期待されています。

合併により新「柏市 わの規模は下表のようになりました。

資料:柏市「 国勢 こくせい 調査結果報告書,千葉県毎月常住人口調査結果報告書」沼南町「沼南町統計書データしょうなん」

※中核市…政令で指定する人口30万人以上の都市。都市計画に関する事務などを独自に行うことができる。

 

(3) 巨大団地が現れた!

1956年(昭和31年)から 造成 ぞうせい 工事が始まった 荒工山 あらくやま •光ケ丘団地は,日本初の大規模な住宅団地として完成しました。また,鉄道沿線を中心に新しい住宅や宅地開発に伴って人口の 社会増 しゃかいぞう ※1が目立ち,昭和35年の 国勢 こくせい 調查の結果は,人口増加率41.5%で全国の市で第6位でした。1964年(昭和39年)には,1万人を超す豊四季台団地への入居があり,また,その後の1978年(昭和53年)には,大津ケ丘団地への入居も始まるなど,柏市域は首都圏のベッドタウン※2としての機能をになうこととなりました。

しかし,急激な「都市化」のスピードに,都市基盤の整備が追いつかない結果となり,大きな環境汚染を招くこととなりました。

 

⑷ 手賀沼の汚染

手賀沼の面積は,約6.5㎢,深さは平均lmほど。かつては沼の底が透き通って見えるほど水が澄んでいました。昭和20年代前半までは,下の写真のように水泳場も開かれていたほどです。しかし,手賀沼周辺の都市化に伴って,大津川や大堀川へ大量の生活排水や産業排水が流された結果,長い間,沼の水質汚濁は日本一となってしまいました。最近では,手賀沼浄化についての行政や市民運動によるさまざまな取り組みの結果,水質が大きく向上されています。

 

「みんな楽しそうに遊んでいるわね。」
「これは,手賀沼にあった町営水泳場を撮影したものなんだ。」
「信じられない!でも以前の姿に近づけることが,私たちの務めね。」
「手賀沼の浄化のために,どんな努力がなされているのかな。」

(写真資料は,歴史アルパ厶『かしわ』より

 

※1:人口流入数と流出数のプラス差による人口増を 社会増 しゃかいぞう 、出生数と死亡数のプラス差によるものを自然増という。
※2:ベッドタウン…大都市周辺の住宅地域。住宅衛星都市。

 

今後は,我孫子市とともに手賀沼を核とした快適生活空間の整備,手賀沼周辺の拠点整備とそのネットワーク化,手賀沼の保全や,地域で手賀沼を守 り親しむ仕組みづくりなど,共有資源である手賀沼を主軸としたまちづくり を推進していくことを柏市は考えています。

具体的には,

1 手賀沼を取り卷く特色ある拠点づくりとネットワーク化の推進

o手賀沼周辺に位置する既存の多様な施設等の活用
o手賀沼西岸における総合的な保健医療福祉施設の整備
o手賀沼北岸における文化関連施設及び谷津ミュージア厶等の整備
o道の駅の有効活用o手賀沼沿岸における体験型の農業公園等の整備
o手賀沼や豊かな縁に地域内外の人々が接することができる地域づくり
o手賀沼周回道路〈(仮称)手賀沼回遊ロード〉の整備

手賀沼回遊ロード

手賀沼回遊ロード


o手賀沼を中心とする情報や人材の交流ネッ卜ワーク構築の推進

2 手賀沼の水質浄化•再生•調整池機能の保全

o多様な主体の連携による浄化活動の拡充の推進
o「手賀沼基金」の創設o治水事業関連施策の推進

3 地域で手賀沼を守り,親しむ仕組みづくり

o手賀沼エコマラソンの開催をはじめとする体験型イベントの実現
o斜面縁地の保全•活用による手賀沼の原風景の確保
o「手賀沼をいかしたまちづくり推進事業構想」の一層の推進

 

⑸ 平和のために

表紙の裏に掲げられていますが,柏市は1985年(昭和60年)3月20日,世界の恒夂平和を願い「非核三原則の堅持」「核兵器廃絶と軍備縮小」を訴える平和都市宣言を行いました。市役所の南側玄関には,「鳩」の形をしたオブジェがあるのをご存じですか。このオブジェは,1986年(昭和61年)12月18日に世界の恒夂平和と繁栄を祈るシンボルとして建立したもので,デザインには,柏の大地から大空目指して力強くはばたく平和という願いが込められています。このそばには,広島市から寄贈された被爆の石が置かれています。 また,市民の貴重な戰争体験が『戰争体験記―市民がつづる戰争体験記―』として1冊の本にまとめられており,つらかった戰争時の様子をうかがい知ることができます。この体験記は市内の図書館で閲覧することができます。

 

市役所南側玄関前のオブジェ