3 誰のために?何のために?(昭和時代)
(歴史アルバム『かしわ』より)
⑴ 軍郷 化する柏
柏は,下の表にあるように,陸上部隊や航空部隊などの多くの兵員を抱えた軍隊が 駐屯 するという,軍隊を中心とする町となっていきます(軍鄉)。1945年(昭和20年)の8月には,柏市域の全部隊の推定兵員数は,1万人を超えていたと考えられており,1944年(昭和19年)の柏町の住民人ロは,1万4533人であったことから考えると,非常に多くの「兵隊」が柏にいたことが理解できるでしよう。さらに,柏市域で編成された部隊が,たびたび中国, 南方諸地域 に送られたため,そのたびに柏駅は混雑したといいます。
1943年(昭和18年)以降, 軍需 工場が柏に進出, 操業 が開始されました。生産された製品は,航空機用の機器が大部分を占めたようです。
1945年(昭和20年)には,米軍との「本土決戦」のために,現在の麗澤大学に第93 師団司令部 が置かれるなど,直接戦火は交えなかったものの,太平洋戦争末期のできごととして,緊迫した雰囲気が感じられます。
⑵ 柏市域への主要な部隊などの配置

(※年表中の年は昭和。『柏市史近代編』より)
(3) 戦争への市民の動員
① 報国農場 の開墾
食料増産と 共同体 意識を一層 育 むために,「農場」が開墾されました。作業にあたっては,「無言」がルールでした。開墾には,当時の小中学生も動員されました。
② 出征兵士 の見送り
>
村内に出征する者が出ると,神社で「兵隊迭り」の式を行いました。その後,村のたくさんの人々が,最寄りの駅まで(写真のように) 長蛇 の列をつくって,出征する「兵士」の見送りのために出かけたといわれています。
(写真資料は,歴史アルパ厶「かしわ」より)
⑷ 柏市域に置かれた軍事施設について
柏飛行場東部105部隊
(柏の葉公園付近)

柏飛行場東部105部隊
(柏の葉公園付近)

柏陸軍病院
(柏市立病院)
第3航空教 育 隊
(機会金属工業団地)
高射砲(左)と高射砲部隊
の照空隊(右)
(写真・地図資料は,歴史アルバム『かしわ』,『柏市史 近代編』より)
⑸ 柏市域と周辺の空襲(昭和20年3〜8月)

⑹ 「 銃後 」のようす
(写真資料は,歴史アルバム『かしわ』より)
戦時中の様子について,図書室やICTを利用して調査をしてみよう。