
応仁の乱の頃になるど室町幕府の力は弱くなり,地方の守護や大名(領主)が武力によって力をつけてくるようになります。
そのころ,千葉氏よりも勢力を増してきたのが
この里見氏をモデルにしてつくられたのが,江戸時代の小説『南総里見八犬伝』(淹沢馬琴)
だといわれています。
織田信長の時代になるど,東葛飾地方は引き続き北条氏とその配下の高城氏が支配しました。 1589年,信長の後に天下を取った豊臣秀吉は,徳川家康らとともに関東で最大の勢力を持っていた北条氏を小田原城に包囲しました。この時,下総地方の領主である千葉氏や高城氏は小田原城内に立てこもっていました。そこで,豊臣秀吉は,小田原城に集まっていて領主が留守になっている東葛飾地方を攻め,支配下においてしまいました。やがて小田原城も落城し,豊臣秀吉は天下統一を成し遂げました。 その後,徳川家康が江戸を本拠にすえ,江戶幕府が開かれます。それにともなって,小金城をはじめどして東葛飾地方にあった多くの城が取り壞され,領地は幕府に没収されてしまいました。千葉氏や高城氏の家臣の多くは,下総地方や東葛飾地方に農民として土着していきました。

室町時代の頃になるど産業が発達し,世の中にはいろいろな職業が生まれました。この頃の資料である「
右上・番 匠 (大工) 左中・塩売り 右下・
まずはじめに酒井根,戸張,高田に

柏市域には,公園となっている增尾城跡や市の指定文化財の松ケ崎城跡などをはじめとして,戸張城跡や箕輪城跡など,戦国時代のものと考えられる城跡が多く確認されています。しかし残念ながら,いつ,誰が,何の目的でどのくらいの規模で築いたかなどは,はっきりしていません。
最近では,考古学の分野で研究が進んでいますが,まだ当時の様子は十分に解明できていません。
日蓮宗,長谷山本土寺
本土寺は,鎌倉時代の創建が伝えられる松戶市にある日蓮宗の寺院です。また過去帳とは,寺院に所属している
(本土寺所蔵「本土寺過去帳」
『千葉県史料中世編本土寺過去帳』より)
上段右から①,②,③,④、下段右から⑤,⑥
上の記事は,次のように伝えます。①の記事には,市域で勢力を誇っていたと思われる武士,戸張氏の一族の「彥次郎」が「討死」したとあります。②の記事は,同族であると思われる「戶張
このように,戦国時代というと,一般的に英雄が全国で活躍していたというイメージが強い時代ですが,「強いものが勝つ」という風潮の中で一般民衆がおびえながら生活し,現代の私たちの生活とは比べものにならないくらい命の危険にさらされていたということが,これらの資料から読みとれるのではないでしようか。
④の記事では,「サカサヒ(逆井)」で殺人が起きた事を示しています。⑤や⑥の記事には,「サカイ子(酒井根)」や「增尾」といった柏市域の地名が書かれており,当時,柏市域で生活していた人たちが「ウタルル(⑤)」や「打死(⑥)」と記されるように,